levia3の質問箱です #1

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140字で答えるのはあまりに普通なので1,400字で答えますね。

疲れを癒す方法には大きく2つあると思います。1つは疲れに素直になる方法、もう1つは疲れに抵抗する方法です。

これは眠い時の対抗策でイメージすると分かりやすくて、眠気に従って昼寝をするか、眠気に逆らうためにレッドブルを飲むかみたいな話。 

まず疲れに素直になれるタイミングがあるだけなら素直になればいいし、疲れに抵抗する有効策をあなたが持っているならば講じればいいだけの話だと思うんですよね。この質問をされている方も、月に100時間残業しているとか分かりやすい原因があるという訳ではなく、かといって疲れている状態から有効に解決策を導ける訳でもなく、日々それなりに頑張っているけど何となく毎日疲れているような方なんじゃないだろうか、と勝手に想像しているわけです。

 

これはもう色んな人が一家言ありそうな話題だとは思いますが、結局は「疲れ」を上書きできるような目的意識を自分で決めるっきゃないと思うわけです。

演劇企画をやっていた頃は、現業で残業しながら、脚本を書きながら、本番までにしなきゃいけないことの洗い出しと検証をしながら、転職活動をしながら、街コンに行きながらという日々を過ごしたりもしていました。これは別に自分がマルチタスク超人なんですとかでは全くなく、演劇はどうにか形にしたいと思っていたし、絶対転職しなきゃ後悔しそうだと思っていたし、現業も手を抜いたら怒られるけどそれは嫌だったし、彼女も欲しかったしで、全部やらなきゃみたいな強迫観念とも言えそうな勢いに突き動かされていたと思いますね。だから、やはり一時的には「疲れた」とか「やる気でない」という類のことを思いもしますが、自分がやんなきゃ一生誰もやってくれないみたいな焦りで上書きするというか。今思い返すと良くそんなやるよなぁと自分でも思いますし、平和な日々を過ごしている時ならこのうちの1つですら面倒くさくてやらなさそうです。

 

そうは言っても目的意識の一つも持てないよと言うのなら、まずは疲れていない自分を演じるところから始めてみてもいいんじゃないですかね。松岡修造のモノマネをするとか。

松岡修造さんの動画見たことありますか?一時期アホみたいに流行しましたが、今でも探せば大量に出てくるわけです。例えばあなたが今、夜会社からの帰り道に電車でつり革にだらしなく掴まりながらだらだらとこのブログを見ているわけじゃないですか、松岡修造はどんなオーラで電車に乗るんですかね。そこそこ姿勢良く両足で地面をつかんでいるんじゃないですかね。あの人も恐らく素はあんな感じではなくて、自分で自分のキャラを作っているというか、一本一本取るか取られるかの繊細なスポーツを長くやって来たからこそ、メンタルで自分のパフォーマンスが深く大きくゆがめられてしまうことを痛感しているんじゃないですかね。人は思い込みの生き物だから。すごい好意的な解釈ですけど。

世界を変える力なんて持っていないなら、せめて自分のメンタルくらい一人でコントロールしようって思うんです。疲れたとかかったるいとか言いたくなる自分の人格を新たな修造的人格で燃やし尽くしてください。

マネをすると言ったらバカバカしく思えてきますけど、今の「常識人」っぽい思考回路の自分を説得してあげない限り、あなたはずっとなんとなく疲れつづけている人間です。この先何年、何年経っても。

調味料の話、2019

調味料の何が良いかと言うと、ファッションみたいに客観的な印象づけがあるわけでなく、主観的に楽しんで完結できるところが良い。

料理そのものは作る人の技量やオリジナリティが問われるけれど、調味料単体なら基本的に誰が使おうと同じ味を再現できる、そこも良い。

そんな大して変わらんだろってくらい細かいのも良い。無限にバリエーションの増える道具をたくさん揃えたくなる気持ちに似ている。

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普段生きていて調味料の話をすることはまず無いので、今日は思い切って思う存分思いの丈を話そうと思う。

 

◆私が選ぶ調味料第5位:オイスターソース

いきなり何が始まったのだという書き出しだが、ベスト5までに話をまとめるのでどうか堪えていただきたい。

オイスターソースと言えば19世紀に広東省で発明されその後爆発的に中国国内ひいてはアジア全域に広まった調味料として有名である。炒め物に加えるだけで途端に中華になる。ひとさじ加えただけでその色に染まってしまうようなクセの強い調味料はいくつもある、例えばカレー粉を加えればその料理はカレーになるし、ケチャップを加えれば塩味でもないトマト味でもない「ケチャップ味」の料理になる。しかしオイスターソースはオイスターソースではあるが「中華料理」になるのだ、存在感があるようで無い。それがとても魅力的だと思う。

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◆私が選ぶ調味料第4位:ラー油

意外と使い所が難しい調味料だ。味付けに向かなければ炒め油にも適さない。人間にもなれず山犬にもなりきれぬ哀れで醜い我が娘のようだ。最近では食べラー・メンマ牛丼の復活に国中の労働者たちが歓喜したものだが、そうした濃い食事への追いトッピングとしてよりも、ラー油は淡白な食事にこそ威力を発揮すると思う。中華粥とか。故郷の母親が「借金をする男は結婚ができない」という言葉と一緒に教えてくれたことだ。

私からはささやかながら存在感のある香りが鮮烈な李錦記のラー油を推させて頂こう。

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◆私が選ぶ調味料第3位:酢

そこそこ良い中華屋に行くと大抵置いてあるのが、「鎮江香醋」という香酢だ。日本でよく見かけるミツカンの透明な酢は米酢であるのに対し、もち米を発酵させアミノ酸による濃厚な風味を生んでいることが特徴。癖はあるけど癖になる香り。人類は大麻なんて辞めて鎮江香醋を蒸発させて吸おう。

日高屋(※)で餃子定食を頼むと醤油:酢を4:6で加えるが、孤独のグルメ井之頭五郎いわく酢+胡椒という食べ方もある。案外餃子本体にも塩味要素はあるので行けるかもしれない。それに、行儀は悪いかもしれないが付け合わせの中華スープに大量に酢を入れて飲むと「健康を飲んでいる」気持ちになれて良い。

(※)熱烈中華食堂 日高屋のこと。餃子が6個230円なのに普通に美味しい等、破壊的なコスパが売り

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◆私が選ぶ調味料第2位:黒胡椒

胡椒が希少である時代もあった中で、粒のブラックペッパーもペッパーミルも簡単に買える時代に生まれて幸せだと思う。人類は大麻なんて辞めて胡椒の木を栽培しよう。肉料理にはやはり最後に胡椒を入れたくなってしまう、パスタにも入れてしまう、甘いトーストにかけても料理として成立してしまう、脳が、五臓六腑が胡椒を求めている、DNAが胡椒の香りを求めているんだよそうだよきっと前世から愛していた、お前を

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◆私が選ぶ調味料第1位:醤油

やっぱりね〜原初の記憶が俺を呼んでいるね。一杯目のご飯でおかずを全て食べ、二杯目のご飯はボーナスステージなので醤油だけ掛けて食べたりするわけよ。マーガリンとかゴマとか海苔とか載せてね。今でもランチタイムはご飯お代わり一杯無料!みたいなお店に1人で入るとやっちゃったりするわけ、今日もやった

味付けに迷ったら、なんか薄いなぁと思ったらとりあえず醤油を入れてしまう、薄口とか白醤油とかしゃらくせぇので濃口醤油をやはり選んでしまいますね。去年は6本セット醤油を買ったりもした。とりあえず刺身に一番濃い絵の具であるたまり醤油を使うと結構分かりやすく味が変わって面白かった。確かに刺身に醤油ってあまり馴染まないから物足りなさを感じることはあるので良かった、でも印象深いのはそれくらいで他は正直うまく使いこなせていない。

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ステーキには果たしてどの調味料が最も合うかという論争も過去2,000年くらい議論に議論が重ねられているが、私の中では答えは決まっていて、それはワサビ醤油に他ならない。

2019年は醤油作り体験に行きたいとか言い出すかもしれない。もしかしたら自分の家で醤油を作り始めるかもしれない。さらに言うと飲み始めるかもしれない。全体的に分かったことだが、塩分の過剰摂取が危ない。強い味付けじゃないと満足できない身体に気づかずにもうなっているような気もする。塩分を多く含む調味料は人体に影響を与えるので規制対象、とか言われたら一揆を起こすかもしれない、そう思いました…以上、私が選ぶ調味料ランキング5位から1位までの発表でした〜皆さん良い週末を〜〜

「ゆるふわ革命レコード」公演を終えて

劇団髙橋第三回公演『ゆるふわ革命レコード』が無事に千秋楽を迎えました。
2019/2/16・17の2日間で計3回公演、76名の方にお越し頂き非常に盛り上がることが出来ました。大変ありがたく思います。
忘れないうちに感想を綴っていきます。ネタバレ要素もあります。

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◆一年の活動を通じて
前回公演を終えてからすぐにプロジェクトが発足したが、前回の反省をある程度今回のプロジェクトに活かすことが出来たように思う。
1:ストーリーのあらすじを決めた上で脚本執筆に取り掛かれた
2:個人の功績からチームでの功績に近づくことができた
3:個人で詰め込み過ぎず、アイデアを反映する余地を残した

去年よりは周りを見て取り組むことができたし、役者陣からも裏方陣からも内部発でアイデアが出てきて自走していく部分も見られたと思うし、チームとしての成長が見えたのではないか。

一方で、プロジェクトを進めてきた中で改めて悩んだテーマは、「いかに人に動いてもらうか」という点だ。一応自分はITプロジェクトの管理/推進を仕事としているし、それで給料をもらってはいるのだが、これは「仕事」でない分、強制力を働かさることに引け目を感じてしまう。

「時間がない」ことの理由は幾らでもある環境の中で、実際上手く回していくには段取り力も記憶力も工夫も沢山いる。多分、自分が気にしてきたことの8割くらいは杞憂であり、ただ単に「しつこい確認をしてくるヤツ」で終わるのだが、2割の拾うべきを拾う為にやってるといっても良いだろう。もし次にチャレンジする人が居れば、成果として定量化しづらい運営タスクにこそ力を入れて欲しいとおもうし、片手間で纏められるものでも無いという覚悟をもってチャレンジして頂きたいと思う。引継もしっかりとやりたい。


◆ストーリーのこと
昨年は全編脚本を作成し、演出や音響照明なども含めてガチガチに固めこんでしまったが、今回はなるべく自分だけで進めてしまわないようにすることに努めた、つもりだ。
脚本は少しだけ担当したが、前回は書かなかった雰囲気を出すことも意識しました。(第二章を書きました。あとは第三章のコントの半分くらいと、第四章の微修正くらい)良い感想も頂けたみたいでよかったです。理不尽ギャグじゃなくこれくらいのバランス感が自分にとって書きやすいのだという発見もありました登場人物のセリフも、去年の自分では書けなかっただろうなぁというものも多いです。言い回しってのはその時々の自身の心境を色濃く映すのですね。

「何でもいいのよ。なんでもいいから、音楽をやるの」
むつみは彼女なりの強制力によって、五郎を[音楽]という枠に縛り付けた。
音楽に取り組むこと自体、初めは彼の意志では無かったが、次第に彼自身の意志に変わっていく
心に広がっていく意志が、他の全てを捨てさせてしまうほどに。
愛すべき友と、約束された仕事、家、暮らし。未来全部を捨ててしまえるほどに。
捨ててしまってまで、誰も保証してくれない自分の本心を信じたのだ。


旅立ちの前夜、醒めた目を見開いて五郎は考えた。やはり辞めるべきでは無いのか。辞めてしまおう。辞めてしまえればいいのに。だけれど、かき消すことができなかった。どうしても。

浮かぶのは、あの日バイオリンを憂鬱そうに弾いていたむつみの横顔だった。夜子がうっとりと話す、言葉でしか知らない遠くの国の風景だった。喫茶店の舞台から見た観客の温かいまなざしだった。そして遠い遠い国で同じまなざしを浴びる自分、ほんの少し先の、手に届くかもしれない未来だったのだ。
俺は、自分自身の中に己の人生の意味を見いだすことができたのかもしれない、高鳴る気持ちのまま、五郎は眠りにつき、夜明けとともに目を覚ました

彼らは自分を支えるものを探して、旅に出る。
それが間違った選択だったとしても。何者にもなれなかったとしても。

 

渇ききったこの砂漠のような街で、人々は雨を求めて彷徨っている。
瞳には誰を映すこともなく。
花が咲いていることにも気づかない。夢を見ながら目を閉じて歩いているようだ。
自分もそうだった。
夢を見ているだけの人間だったのだ。


改めて言葉にすると、そんな憧憬が自分に合ったのだと思う。
あなたが抜け出したい「この街」とは、何でしょう?


○「劇団高橋」のこと
 去年から感じているけど、舞台を作っている当人がどれだけ楽しんでいるか?という点こそがお客さんに伝わるのだと思う。
皆と作るこの時間が青春のロスタイムな気がして。お金を出しても手に入れられない時間を手にする事ができるから、何度もやり続けるのだと思った。自分が言うこと、自分が作ることで笑ってくれる人がいる。ってなだけでこんなに幸せなんだって。恥ずかしながら、そう純真に思ってしまう
本番が終わり、みんなで荷物を全部まとめて、新井薬師前から中野駅まで歩く。毎回同じ通りを歩くけど、毎回少しずつメンバーが違って、だけれどみんなが少し高まった気持ちで歩みを進めていてさ、この時間が何よりもエモくて、この気持ちの為だけに何回も関わっているんだなぁと思う。

帰りの電車は、くだらない話で盛り上がった。「患者に手づかみでオムライスを食べさせる看護師」というフリー素材の話でゲラゲラと息が止まるくらい笑ってしまった。何故だろう、こんなくだらない画像で、この日はここ1年で明らかに一番笑ってしまったのだ。誰も反省会を開いていない、愚痴を言うわけでもない。悔し泣きだってしていない。だから、この企画は成功したのだろう。

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ーー

去年よりも、自身の時間感覚が変わっている、人生に意外と時間が無いんだと身に染みて思うことが増えている。「次は頑張ろう」という言葉が年々空虚になる。「次」は無いからだ。

今ベストを尽くさないと、次に尽くす機会は永遠に無い。ようやくそれを学びつつある。

劇を作る中での「新しい試みの模索」は、個人的には今回の大きな目的の一つだった。しかし道半ばで終わってしまった感触だ。去年からの思いでもあるが、幅広いエンターテイメント性を場に持たせる取り組み全般が自分の取り組みたいテーマなのだなぁと改めて感じた。演劇はフォーマットの一つ。ということもあり、しばらくは自分が表現したい領域は何なのかということをもうすこし模索する時間にしていきたいと思っています。俺がこの企画で自己分析を進めてどうすんだ。圧倒的に成長してどうすんだ。学生の皆さんこそ積極的にこういうのやると、就活始まってから無い経験を絞り出してエントリーシートの文字数を埋めるみたいな労力を割かなくて済むんだぞ!

加えて、劇のプロジェクトというのは誰かの「これをやりたい」という思いを形にしていく工程だと思っていて、その根本が無い状態で走り始めても、集まる先が無いし、拡散していくだけなのだとこの二回で学びました。よって、(そこそこ準備の要る)演劇はしばらくお休みします!一年すれば気が変わるかもしれないけれど!


あと、4月から自分の仕事が変わります。
そういう意味でも環境が変わっていくので、まあ、この話はいずれこのブログでもすると思います。

初めてのディズニーシーで亀に励まされた話(2018まとめ)

例の、いわゆる、「オタクの1年」です。皆さんお付き合いください。


1月

劇団たかはしの第2回公演「隙間風パラレルライン」の準備に明け暮れる。PVをつくるために浦安の何もない街並みをiPhoneで撮り歩く独身男性。しかも余力が足らず映像はお蔵入りになりました!小道具を買い漁った記憶も濃い。

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2月

引き続け隙パラの準備に明け暮れる。

色々疲れましたが良い経験になりました!脚本家デビュー音響照明デビュー作詞デビュー作曲案出しデビューを同時に果たせる機会はそうそう無いと思うのでみんなやろう!(投げやり)

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3月

アカペラをやりたいと言い出し、一応メンバー結成と数回の練習が出来ました。こういうのは継続しないとすぐ消えていく運命だという事が分かった(言い出した自分すら半分忘れる)ので、今年は頑張って復活させます!

 

4月

キャンプ道具を買い漁るつもりが、ハーバリウムの材料を買い漁っていた。何を言ってるか分からないと思うが、いや、これはね、本当に何でこうなったのか忘れた。「これやればモテると思ったから…」とかなら分かりやすいから良いんですけどね、それは1割ぐらいしか無いです。9割は謎。ヴォイドって感じ。

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あとはムーミン谷に行こう!って事でみんなで埼玉県のムーミン谷に行くも、ムーミン谷がまだオープンしてなかった(2019/3オープン)というギャグみたいな旅行とか、初めて女性とディズニーシーにも行った。え?いや、この話は後で話します。


5月

特に無いです!特に何もめでたくも無いのに鯛めし作った程度。

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6月

1人キャンプデビューを果たしました!動画にもしました。

https://youtu.be/nOUh9ZhdtYY


7月

ジムに通い始めたくらい?これまで筋トレとか全く継続できませんでしたが、金を払えば意外と続きます。人間そんなもんじゃ!

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8月

北海道で無を満喫しました。

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9月

勢いでswitchを買い、その日のうちにオデッセイをクリアしてしまいました。

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10月 ゴルフに行きました。

11月 またキャンプしました。

12月 結婚式でドラム叩きました。晴れの場にはぜひ呼んでください!何でもやります!

後半雑ですが、要は何かしら楽しいことにコミットできた1年でした。

 

 

●初めてディズニーシーに行き、亀に励まされた話

浦安に一年も住んでいると、ミッキーの耳を付けた楽しげな女子大生と、土嚢みたいな顔で休日出勤するサラリーマンがすれ違う光景が見られる。サラリーマンとは当然、社会人生活5年目を迎えカフェインを摂っても目が冴えなくなり疲れ顔を隠せない私の事だ。


数年前のハロウィンどきも、土嚢みたいな顔で休日出勤をしていたら大阪駅で血ノリと包帯とナース服に身を包んだ楽しげな女子大生とすれ違うことがまあまああった。万国共通の風景なのかもしれない。


テーマパークの空気を間近で浴びる事は多かったが、案外実際に行く機会は少なく、平成もまさに終わろうとしているご時世にようやく生まれて初めてディズニーシーに行った。

どうして今さら行くことになったかと言うと、街コンで出会った女性がディズニー好きであるもののほぼ行ったこと無いと言うので、「じゃあ今度行きますか?」とイキって勝負に出てしまったからである。おそらく2,3回目のデート、順番待ちは必至なこの戦場、果たして俺のトーク力で大丈夫か?お願い、死なないでlevia3!あんたが今ここで無言になったら、デートプランをわざわざ考えて下さった後輩との約束はどうなっちゃうの?じゃあねえんだよ、勝手に死なせるなよ、、、


そんな緊張感のもと、まずはタートル・トークの門を叩いた。

基本的に何をどういう順番で回る等はシミュレーションして臨んだが、アトラクションの中身は調べずに臨むことにしていた。ので、良くも悪くも全て自分のリアクション力に期待して臨むという賭けをしていた。

このアトラクションは、潜水艦に乗りこみ海の仲間たちとお話し出来るというもの。特に人間の生態に興味を持っているクラッシュというお喋りな亀がいるのだが、彼に質問を投げかけると面白おかしくアドリブで返答してくれるらしい。

質問タイムに突入し、早速キッズたちがノリノリで手を挙げ、彼女もノリノリで手を挙げた。会場の8割くらいが手を挙げている。とりあえず俺も挙げた。

「じゃあ、そこの右の列の兄ちゃん、君にも聞いてみようかな」


俺か。俺なのか、クラッシュ。座高の高さで存在感をアピールしてしまったのか。タートルトークで指されたら何を答えるべきかは流石にレクチャーを受けていなかった。困った。考える時間が4秒くらいしか無い。

「どうしたらクラッシュ先輩みたいにカッコいい男になれるんですか?」

童貞みたいな質問をしてしまった。その後のことはあまりよく覚えていない。

「君はもう既にカッコええんやで、あとは自信を持つだけや。自信を持つんや。な?みんな、ユウジが自信を持てるように拍手したってや。」

たぶんそんな感じの事を言われた。拍手された、会場全体から。

すまん、彼女。すまん、キッズ。

彼女がどんな顔をしていたか何となく見れなかった。自分のアドリブ力でタートルトークをこなすには10年早かったんや…お姉さんの言葉で現実に引き戻される。それでは、そろそろクラッシュとはそろそろお別れです!クラッシュありがとう!

みんなまたな~!!ユウジ~~!!大切なのは自信だぞ~~!!!

 


今日1の衝撃を最初に通過してしまったが、流石は夢と魔法の国、どのアトラクションも初見で普通に楽しめた。ちょうど台風が過ぎた直後で客も少なく、ほとんどのアトラクションに並ばずに乗れた。タワーオブテラーも普通に乗れたし、一番人気のトイストーリーのやつも50分待ち程度で乗れた。全人生の面白エピソード記憶を引き出して待ち時間も何とか繋いだ。相手が結構話す人だったと言うのも大きい。

3回目ジンクスを信じる古い人間なので、この日はもうバッチシ決める予定だった。ところがミッキーマウス先輩の待ち時間が予想の数倍長いというアクシデントにより、閉園まで残り50分という状況に陥る。

そこで彼女がタワーオブテラーのアンコールを強く要求してきたので、まさかの本日2回目のタワーオブテラーに挑むことに。1回目ほどスムーズには流れず、そのまま閉園時間になり追い立てられるように園の外へ。崩れた計画をカバーする事もできず、その日結局告白することは出来なかった。

シリキウトゥンドゥの呪いは本物だった…ディズニーシーについて話を振られたら絶対そう言おうと思っている。

後日、またその人と会う機会はあり、何やかんや付き合うことにもなったりしたが、結局その関係も無くなってしまった。クラッシュ先輩にも、プランを作ってくれた人にも顔向けが出来ない。しかし自分1人の悲しみくらいは乗り越えて強い人間にならなければならない。反省の弁でなく態度で示していきたいと思う。


というわけで、今年の抱負は「良い出会い/関係性を作りに行く事」が最重要なのですが、やりたい事リスト100も頑張って作りました。色んな人と協力して楽しい事を成し遂げていきたいですね。今年も宜しくお願い致します。

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なぜ埼玉には魅力が無いのか

埼玉には十数年暮らしていたが、つくづく観光地としての魅力が薄いと思う。群馬や栃木には温泉がある。神奈川には中華街やみなとみらいがある。千葉にはディズニーがある。しかし埼玉は?

あの花効果で秩父は有名になったし、長瀞はかき氷の名店もあるが、観光地としての知名度は薄いしランドマーク的なスポットがある訳でもない。


グルメ的にも売りが何も無い。

栃木には餃子もあるしイチゴもある。神奈川には横浜中華街も家系ラーメンもある。群馬には一応上州太田焼きそばとかひもかわうどんとかの麺類で押せる。千葉も苦しいが海産物でごり押しできる。

埼玉は特に無い。草加煎餅も風が語りかけて来るまんじゅうも、わざわざ食べに行くものでは無い。


何故埼玉はこんなに地味なのか?山も海もなく資源の乏しい盆地であるにもかかわらず都会近郊という付和雷同的なプライドを持っているが故か、街の濃い打ち出しをしてこなかったことにあるのではなかろうか。

たとえばみなとみらいは相当規模がでかい。中華街があり巨大な公園があり港があり赤レンガ倉庫があり遊園地があり、で。それくらいやって初めて1つの観光地として成立するのだと思う。

さいたま新都心とか言って、大きなショッピングモールに映画館をくっつけたところで地方のイオンモールとそれほど変わらないのだ。1つの事業主が頑張って平坦な商業施設を建てたところで観光地ができるわけでは無いのだろう。

 


キャラで売るチャンスもモノにできていないのだと思う。

10年ほど前のらきすたのヒットを受けて鷺宮神社に一時期人が集まったという。恐らくアニメ聖地巡礼ブームの黎明期であった事から、凄いことだね~良かったね~で一過性的にその流れを終えてしまったことは痛い。

例えば千葉県の大洗はガルパンブームで観光客を集めたが、その地自体の魅力をきちんと感じさせることで定常的に観光客を入れることに成功していると思う。そもそも商店街を挙げてガルパンブームに乗っかってる感じは素直に凄いと思った。あんこう祭を年1でやってるのも偉い。プロレスラーの蝶野を観光大使にするのも凄い。そうした作品と街の共生共存に成功しているのだと思う。

まあ、ガルパン自体が息の長いコンテンツだ、という事もありそうだ。異世界モノのアニメが席巻している今、埼玉を舞台にしようという作品なんてまんがタイムきらら系の作品くらいだろう。根強い好感度は得られても聖地巡礼までさせるパワーには欠けていそうだ。


そういう意味で秩父はあの花効果で一時的な成功を収めたのではなかろうか。しかし流石にもうアニメ自体が語られなくなった今、結局広い土地と公園跡だけが残っている。長期的な知名度向上や観光地化に対してそこまで乗り気じゃ無いように思える。

 


埼玉自身に観光地になる気が無いのならそれまでだが、何か一つくらい盛り上がるものがあってもいいのでは無いか。とにかく埼玉は全国に対する主張が薄い。鉄道博物館もさいたま新都心ももっとイキっていいと思う。そしてムーミンランドはもっと存在感をアピろう。

 

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男のハーバリウム7番勝負編

ハーバリウム
ハーバリウム(herbarium)は、植物学において保存された植物標本の集積(植物標本集)を指す言葉である。こうした標本になっているのは、植物の個体全体または部分である。これらは乾燥処理が施され台紙に貼り付けられたもの(押し葉標本)が通例であるが、素材によってはアルコールや他の防腐剤に浸して保存されるもの(液浸標本)もある。(Wikipedia)

 

何故かは忘れましたが、突然やりたくなったので材料をアマゾンで連打して取り寄せました。花が好きな親父には幼い頃ホームセンターの花コーナーに連れていかれ、興味を早々に無くした私はレンガコーナーや土コーナーやコンクリートブロックコーナーをウロウロしていた気がします。むしろそっちの方が闇深い感じがする。

前書きはいいから!とっとと今回何本か作って得た感想です。桃色と緑が個人的に上手くできた気がする。

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・入れる花材は少なめに考えた方が良い
当たり前だけどビンには厚さがあるので、物理的にそんなに入らない。
綺麗だからといってあれこれ詰めようとすると何がなんだか分からなくなってしまう(1つ1つが目立たなくなる)。

 

・オイルを入れる前後で見た目が変わる
何だかんだ液体に入れると見た目膨張します。モノによっては不格好になる。

 

・オイルを入れると浮いてくる

そりゃあ浮くよね。底面に近い部分が浮いてるとカッコ悪いので重めのものを敷いた方が良さそう。

 

・見せたい面を絞った方が良い
ビン自体は円柱なので、360度どの面から見ても綺麗な感じの作品を仕上げたい!と言う気持ちになるが、そうするとどの面から見ても中途半端な感じになる

 

以下、資材やら花材やら(ドライフラワー)を紹介していきます。

 

・ビン
これが無いと始まらない。いろんな形がある。電球型とかロマンがあるけど、無難にシンプル円柱ドレッシング量産型ボトル10本入りを買いました。

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・オイル
これもネットで買えば安いのはいくらでもある。余らせても仕方ないけどあまりにギリギリだと普通に足りなくなる。

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・ピンセット
これもちゃんと奥まで届くやつ買った方が良い。

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・スポイトか紙コップ
盲点。これが無いとビンにオイルを注げない。花材を敷いてからゆっくりオイルを注いで完成するのだが、勢いよく注ぐと花材を下に追いやって潰してしまう。

 

アジサイ
主戦力。いろんな色あるし、どんな場面にも馴染む。買うべき。

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・かすみ草
4番バッター。主張しすぎないけど単体でも存在感がある。買うべき。

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・ペッパーベリー
重要。色が濃いので存在感を放てる。下の方に敷くと安定感出る。買うべき。

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・ポアプランツ
大事。色濃いのが1個あると主役を張れるし、薄いのはサブキャラに回れるような器用さがある。

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・その他お好みの主役
主役は一個入れると割と多くのスペースをとるので、欲張ってあれこれ入れようとしないことが大事。ちょっとしたセット物を買うとそれだけでバ完結させられる。

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センニチコウとか映えそうなんですけどね。amazonだとドライフラワーがびっくりするほど売っておらず、種から育てろやオラみたいな勢いだったので泣く泣く見送りました。なので根気のある方は是非種からチャレンジして下さい。うん、そうですね。恵んで欲しいだけです。

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ともあれ、7色できて充分に満足できました、ちょっとした趣味にしてはピッタリです。

ビン3個とオイルと花材は若干余ったのでまた熱が出たらやります。

定量を超える女子度を発揮してしまったため、次回は男度の均衡を保つべく、満を持してキャンプ用具編です。

 

「隙間風パラレルライン」公演を終えて

2018.2.24-25にて、劇団たかはし(仮)自主制作舞台「隙間風パラレルライン」を公演し、無事に全日程が終了しました。自分はその中で、役者、脚本製作、(結果的に)プロジェクト進行補助、音響照明映像監督的なポジションを務めさせて頂きました。

 

2日間で60~70人程度のお客さんに来場頂き、暖かいコメント、ご支援をたくさん頂きました。改めまして、本当にありがとうございました。

 

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きちんと自分の中で整理しておこうと思い立ち、記事を書こうと思います。ネタバレ要素があるので、内容を知らないでおきたい!という方が居れば(居ればですが…)ご注意頂きたく思います。

 

さて、

話は一年前の2月。

前回の劇団たかはし(仮)公演「舞台ノヒ」にて、劇中のコントパートの脚本を実は同期のヨネザワ君が書いていたということを知らされ、負けず嫌いたる俺は「俺も何か面白い話を書きテェ~~…」とイキリ立ってしまった。大学卒業後全く舞台に関わらなかったこともあり、今度こそ俺も楽しい事に混ぜてくれという事で劇団たかはし(仮)の代表たるゆうきさんに打診。いや…違うか…打診じゃなくて誘ってくれオーラを出していただけかもしれない…

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そもそもオムニバスにするのか、テーマは何にするのか、という議論の末、気づいたら「間」というキーワードをテーマに11名の役者が登場するショートストーリー群を全編作成する事に。正直最初は「間って何よ…どういう話よ…」という感もあったが、最終的にはどんどん開き直り、「間」という言葉をボコスカ詰め込みまくった。細かすぎて伝わらなさそうな要素は沢山あり、きっとここでは書ききれないのだが、それはさておき、まずは

 

★結局、この劇で何がしたかったのか

道中、ここをしっかりさせられなかったことにより反省点も生まれているが、改めてこの問いに向き合ってみると、大きくは以下の4つが私の中での「やりたいこと」だったように思う。

 

①後先考えずに笑える話にしたかった

シリアス展開や含蓄のある展開だけで終わらせたくないなと思っていた。結局突き抜けてアホな話にしてしまおう、「この劇は笑っていいタイプのヤツやで」と早いうちにそういう空気にしよう、と思っていた。自分のアプローチとしては、強く芯のあるストーリー設定を作るのではなく、小ボケを100回かます(滑りかけてもタダでは転ばない)ことに心血を注いでいたように思う。

同期の愛すべきガヤ芸人(?)たちが来てくれることにより、半分ぐらい勝ちパターンに入っていた(本当にありがたい)こともあり、本番はある程度いい方向に進んでくれたと思う。普段あまり笑わないあの子が、一度でも笑ってくれたのならば、俺たちの勝ちなんだ。

 

②OBOGが限られた制約の中でも舞台を笑顔でやり切る、という事を示したかった

お客さんが楽しめる、ということもあるが、何より練習している自分たち自身が楽しめるものであって欲しかった。この一年、卒業がかかって気の抜けないメンバーや、社会人キャリアにより責任が増えていくメンバーや、そのほか私生活で大変な思いをしたメンバーも居た。

 掛けられる時間の総量や、心の余裕の総量は学生の頃のようにはいかなくなったのだと、分かってはいたつもりだが、ずっしりと来た。

それでも、どうにか笑顔で作品を終えることができた、ということ自体、俺は大きく意味のあることだったと思う。慰めの言葉ではなく、本当にそう思うのだ。一番嬉しかったのは、見に来てくれた大学生の後輩から、「この年になっても楽しく活動ができるのはすごいと思った/こう年を取りたいと思った」というコメントを貰った事。大げさかもしれないが、俺たちは彼らにとって少し先の未来になることができた。「社会に出ることは大変だが、やろうと思えば色々できるんやで」ということを、言葉ではなく態度で示すことができたように思う。

 

③みんなで歌いたかった

途中で気づいたが、役者のうち、現役時代の指揮者が3人も居た。パートリーダーも居た。

せっかくいい声を持ったメンバーが揃った中で歌わないのは罰当たりだろう。あとは単純に俺が歌いたかったというのもありますが。あそこまでフザケた歌詞で壮大に歌いあげることができるのは、きっと最初で最後だろう。

もう一つ。脚本を書く直前に、「満月を探して」という少女漫画を読んだ。乙女心が分からないと嘆く俺に後輩が推してくれた作品だ。ちなみに読んでも乙女心はあまりよく分からなかった。

主人公の少女・満月が、余命1年を宣告されつつも、アイドル歌手を目指していく話。ラストでは、満月がステージの上で歌いはじめ、そのままエンドロールよろしく関係者の名前が流れ始める。この演出が余韻深く、そういう綺麗な終わり方にしたかったと思ったのだろう。それまでのストーリーを全て投げ出して、終わりよければ全てよし感を求めた。いや、良くねぇよという感じのリアクションは結構あったので、まぁ、そうっすよね…という感じ。

 

④お客さんを巻き込みたかった

お客さんには一日の数割を使ってせっかく来てもらっているのだから、観ているだけじゃ活力を持て余すんじゃないの?というお節介により、相互的に何かをする時間を作れたらいいなぁと思っていた。

何かって何だよ、という面をハッキリさせられず、できたことはクイズ大会くらいしか無かったが、休憩時間にそば打ち体験会を突然始めなかっただけ、自分の常識人サイドに感謝せねばならないだろう。

 

少なくとも最初の3つを実現できたので、他の面で何を言われようと、うるせー!知らねー!finalfantasyという感じで終わらせることもできる。

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★反省点

とはいえ、やはり反省点はきちんと心に留める必要はあるだろう。反省点は大きく3つある。

1つ目は「話同士の繋がりが不明瞭/主題を提起できていない」という点。

そもそも4つの話はそれぞれ独立した話だから、つながりもクソもない、はずだったのだが…書いていくうちに色々やりたくなってしまった。ボケが滑ったら怖いから、少しはストーリー性を持たせたいとも思った。

その結果が、「6次の隔たり」という設定。友達の友達を6回繰り返せば、この世界の全ての人と繋がれる。だから、俺だって友達の友達を6回やれば新垣結衣とも繋がれるしアフリカの少年とも繋がれるのだ。劇中の登場人物の「名前が繋がっている」ことはアピールするほどではなく、本当は彼らどうしの具体的な繋がりをもっと明確に描けていればよかったんですけど。または、繋がりはありません!と明言するがごとくただのコントにすればよかったんですけど。

例えば登場人物が12人居て完全に数珠つなぎ的な知り合いならば、レヴィが友達の友達を6回繰り返せば、全登場人物と知り合いになることもできた(※)が、自分でした設定を忘れたまま脚本を描いたり、数珠つなぎ的な知り合いでもなかったため、ガバガバ理論に。

(※)レヴィヴィータ⇒滝川さくら⇒来世アリサ⇒サイキックダンディー重野⇒ノゲイラロドリゲス高岡⇒加賀谷⇒山崎⇒山崎の子供⇒キリナ⇒ナイア⇒アンドレレヴィ (レヴィにとって最も遠いのが加賀谷)

 

そんなこんなで結局この話は「間」がテーマなのか「繋がり」がテーマなのか「6次の隔たり」がテーマなのか、1つに決められず。

先述もしたが、自分は物語の芯を作るよりも、細部を詰めることにテンションが上がってしまうタイプなのだと分かった。そんな意味では、どちらかというと、どちらかというとだが、脚本より演出向きなのかもしれない。

それから、(恐らく伝えきれなかったが)作品を通して伝えたかったメッセージは何だったのかを挙げるのならば、劇中に出てくる残念な4人のおじさんの言葉に詰められている。

 

Chapter1レヴィ「リンゴから手を離せば落っこちるけど、それが重力によるもんだって自然が教えてくれるわけじゃねえ。人が勝手に思い込んでるだけかもしれないぜ。」

Chapter2重野「俺たちは昨日と同じ明日がやってくると思い込んでいるが、そんな保証はどこにもねぇ。アイドル活動も一緒さ。変化は突然やって来るんだ。」

Chapter3高岡「世界には、客観的な意味など最初から存在しない。お前の欲望を満たしたければ、お前の存在を、やりたいように使えばいい。ただそれだけだ。わかるだろう。」

Chapter4アンドレ「間違いだらけさこの世界は。それでもここが俺の全て。自分の為に今を生きろ、さあ人間よ貪欲になれ」

 

 

2つ目の反省点は(1つ目ともつながっているが)、「お客さんに解釈を委ねすぎた」点だ。

自分は結構、漫画ゲームアニメのストーリー考察を読むのが好きだ。ポケモンの世界が「並行世界」である説とか、ワンピースの家族構成設定や、がっこうぐらしの設定とか。だから、ゲラゲラ笑って終わってもよいし、考察が好きな人は考察してくれたら良いし、観客の好きにして貰えればいいよね、というマインドでした。ですが!それは主幹のストーリーがしっかりしててからの話なので、制作期間に対して、完成度を練る自分の力が不足していたということです!

自分は中途半端に設定を開示されたら勝手に解釈してしまう方だが、お客さんには不明感と違和感だけ残してしまうことが少なくないと分かった。「分かりやすさ」とか、初めから終わりにまで読者を誘導することは重要なのだ。

 

裏設定的な「余地」として、思いつくものはいくつかある。

ネットワークの発展によって、そして出会うはずのない人が春紫町で出会ってしまったので、世界を超えてすべての人間が「6次の隔たり」の範疇で繋がりを持ってしまった。それにより、そもそも「この世界」と「あの世界」の概念的区別が無くなってしまった説…さくら達とヴィータ達が居る世界は時間の流れが異なり、レヴィやヴィータが生きた数十年後にさくらが生まれ、戦争で滅びゆく彼らの世界から彼女の世界に移り住んで来た説…さくら達が居る世界は死後の世界である説…世界は全部で6つ存在しており、今いる世界での死を迎えることで隣の世界に移ることができる(六道輪廻)説…

どれも何というか暗いですね!ということもあり、明示的な採用はしなかった。

 

 

そして3つ目の反省点は、演劇に収められる情報量以上のものを脚本に詰め込んでしまったことだ。

chapter1なんて、始めは倍以上の脚本があり、これ以上削るには薄っぺらになり過ぎるという所まで来た。それでも、扱うテーマはもっと考えるべきだったのかなとも思う。削った結果、キーワードばかりが先行してしまったかもしれない。

 

 

以上が反省点だが、まあ、そもそも芸術は自己満足の世界なのかもしれないし、俺は楽しかった。楽しかった思い出として今回の日々を記憶づけていくつもりだ。

それに加えて、観た方の中に、何か前向きなエネルギーが一つでも生まれてくれたのならば、こんなに誇らしい事は無い。明るい気持ちでもいいし、恨みがましい気持ちでもいい。そうして何かを作って出して、触発しあって、俺たちの人生はきっと豊かになるのだ。

 

その為には自分のやりたい事、見せたいものを色濃く出す必要がある。それは演劇かもしれないし、小説かもしれないし、歌なのか、絵なのか、何なのか。自分を深掘っても「やりたいこと」の石油は湧いてこないのかもしれないが、行動する中で見つけていきたいと思う。どんな形かは分からないが、今回を人生最後のOutputの機会とするつもりか?と自分に問えば、そうはしたくないと言う自分が居るのだ。

生きている間は、「自分を出す」ことを忘れないようにしたい。

 

まあ、それはそれとして、

また舞台をやりたいか?というと、やりたい。が、たくさんの人と時間を巻き込み、中心の近くで「作る」ことを目指していくならば、きちんとこの反省を踏まえて、と言うことだ。

歌う事も、舞台で話す事も楽しいので、機会があればもちろん御誘い頂きければ、とても嬉しく思う。

 

最後に、改めてとなりますが、

見に来て下さった皆様、本当に励みになりました。ありがとうございました。

そして舞台で一緒に戦ってくれた、今回の機会をくれた、最後までこの脚本でノリノリでやってくれた仲間に、心から感謝しています。ありがとうございました。